BMX(自転車競技)のビデオを1993年から全世界に発売し続けているPropsの大人気シリーズRoad Foolsを知っているかい?
Road Foolsというシリーズはツアーバスに20人弱の選りすぐりのBMXライダーを乗せて2週間ぐらい旅をする。
旅先の各地でライディングをして、その映像をまとめて1本のビデオが世界中で発売される大人気シリーズだ。
そのRoad Foolsが1998年から年に1回ぐらいのペースでリリースされ、シリーズ18弾まで出ている。
そして、今回1から18まで全て収まったブルーレイボックスがリリースされた。
なぜ、僕がそんなことを書いているかということ、僕は日本人で唯一Road Foolsに出演したBMXライダーだからだ。
僕はRoad Fools 3に出演し、楽しみまくった。それが確か1999年のことだと思う。
今回はRoad Foolsのボックスが出ることをきっかけに僕がRoad Foolsで外国人ライダーたちと2週間旅をして、感じたこと、学んだことを振り返って下の3つにまとめてみた。
Road Fools 3に参加して学んだこと3つ
- 1. 頭のリミッターの切り方が違いすぎる
- 2. やったもん勝ち、目立ったもん勝ち、面白かったもん勝ち
- 3. 異国からの参加者で英語が話せるといいことが結構ある
1つ目から詳しく書いていきます。
1. 頭のリミッターの切り方が違いすぎる
アメリカは日本と比べて人口は約3倍、人種も多い!だから常識も考え方もまったく違うということをRoad Foolsに参加して強く感じ、体感した。
上の写真はRoad Fools 3の2日目の夜だったと思う。
僕がMr. BONSAIの唐草模様の全身タイツを着て、ソファーに乗ってジャンプしている写真だ。
昔はBMXライダーとしてブイブイ言わせていた41歳おっさんの僕ですが、
現役ライダーを引退してから、大学院に通学、結婚、エキサイティングな仕事をして
当時では見えなかったこと、考えれなかったことが見えて、考えられるようになりました。
と言っても、まだまだなんですけどね。
そんな僕が勝手に頑張っているBMXライダーたちに向けてメッセージを書きます。
現役のときに習得したこのフレアは41歳の今でもできるよ
なぜ、こんなことを書くのだろうね
僕は現役のときにアメリカなどの大会によく遠征してチャレンジしていた。
そして得た物がたくさんあった。
そんなチャレンジをし続けたことが僕にとっては素晴らしい経験となり、今でもあのときガツンとチャレンジし続けて良かったと本当に思う。
20代、30代を過ごす1つの生き方として悪くないと思うんだ。
真似をしろとは思わないが、僕が得たエッセンスを伝えたいと思ってブログエントリーを書くことにした。
僕が言いたいことを3つしかない、それ以上でも、それ以下でもない
僕が若いライダーたちにアメリカに行こうぜ!とたくさん言っているし、このブログ記事"BMXで12年間日本1でいられた4つの理由"でも海外に目を向けようと書いている。
では、僕は一体どれぐらい現役BMXライダーとして海外に行ったのか疑問に思ったから、
数えてみたら21回行っていた。
2000年にT J Lavinの庭のダートジャンプでKeith Mulliganが撮影した一枚。Ride Magazineに見開きで掲載された
では、順に書いてみることにする
BMXで日本一になるためにやった5つのことなんてエントリーを偉そうに書いてみたが、日本一になってから12年間日本と海外の大会で45回1位になっている。
22歳から34歳まで大会で1位になることがよくあったということだ。
そして、1位で居続けた理由がある。
なぜかというと、他のライダーと考えていることと、見ていることが全く違ったからだと思う。
それについて書いてみる
東京駅八重洲口にあった壁でのウオールライド
僕が思うに下の4つの理由があると思う
BMXで12年間日本1でいられた3つの理由
- 1.常に目標を持って練習していた
- 2.BMXに乗ること以外にトレーニング、食事などにも気を配った
- 3.日本市場よりも世界市場を考えていた
- 4.働いて遠征に行く経済力も作っていた
去年友人が僕がなぜ日本一になれたのかをブログで書いてほしいとリクエストしてくれた。
確かに僕の今までの人生の中で一番ユニークなことは、BMXで日本一で居続けたことだろう。
ということで、20歳から21歳の間に日本の大会で1位になりたいと強く思っていたときに実行していたことを思い返してまとめてみた。
日本の大会で初めて優勝したときの写真が雑誌Fineに掲載された
下の5つのことが当時の僕の状態とやっていたことだと思う。
BMXで日本一になれたポイント5つ
- 1.自分の得意技を伸ばした
- 2.よく学び、よく働き、よく乗った
- 3.たくさん考えた
- 4.大きな失敗の後に立ち直る
- 5.キラートリックをやった
ではでは、1つずつ少し掘り下げてみよう。
2か月前に6年ぶりに大会に出ましたが、ほとんど練習をせずに日本で7位になることができて喜んでいます。
そのときに感じたことなどは、6年ぶりのBMXの大会で7位になった感想とメッセージに書いてます。
なぜ、ほとんど練習しなくてもいいライディングができたのかは、昔たくさん練習したことが体と頭にしみついているからだ。
そして、ガチでBMXを練習し続けて、僕はやりたいことを実現するために大事なことを学んだと思っているので、ここでシェアしてみます。
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僕が思う大事なことは書いてみます。
やりたいことを実現するためのポイント
- ビジュアライズする
- 自分を信じる
- 失敗してもやり続ける
では、順に詳しく書いてみます。
10月8日に日本で一番大きなBMXのパークコンテスト「ペルージャカップ」に出場してきた。
BMXのパークの大会に出るのは6年ぶり
6年間の間、現役選手時代と違いほとんどBMXに乗っていなかった。
そんな状態で参加することにしてみた。
参加に至った理由としていろいろあるが、1つ大きいのは40歳になったからチャレンジしてみようということだ。
結果は無事、予選を9位で通過し、決勝を7位に終えることができた。
一応、下の写真のようにガツンと乗れた
Camera: DB Nori
僕の思ったことを下の3つの視点で書いてみます。
- 自分としての感想
- 昔、海外にチャンレンジしていたライダーとしての視点
- これからの期待
Monster EnergyがHarry Mainのインタビューをアップしていて、彼のスゴイライディンングが見れる。
さらに、彼がライダーとしてトップになった大事なメンタリティ・考え方について話していたので簡単に紹介してみます。
Harry Mainのインタビュー
ハリー・メインのインタビューから抜粋するコメント
ハリー・メインはとにかく上達することに集中している。
その積み重ねで今のライダーとしての地位を築いたのだろう。
彼の毎回の練習に対する心構えは下のとおりだ。
8月28日にZENのクルーと友達と初めて八王子のPlanet Parkに行ってきました。
2週間連続でBMXでスケートパークを乗るのは久々だった。
もう僕も39歳で家族がいるので、そんな大きなチャレンジをしないつもりだったが、
先週はフレアを4回やったり、とにかくたくさん乗りBMXの楽しさを最高に満喫した。
そして、Planet Parkでも友達と一緒に乗って楽しんだ。
初めてのパークだったから様子を見ながら乗っているが動画を載せてみます。
よかったら見てみてください
Camera: Kaito Tanaka
NIKEがまたまた、面白いイベントを実施した。
今度は泳ぐプールを改造して、スケートパークにしてしまったのだ。
プールの普段の様子から、どうスケートパークにして、大会をしたのかが下の映像で見れます。
NIKE POOL
The Pool - The Full Story from Nike 6.0 on Vimeo.
これを見て誰もが思うのがきっと、「プールをスケートパークにしちゃったの?!」ということだろう。
なんで、こんなことをしでかしたのだろうね?
僕が考える結論は、意外な場所でイベントを行うことで注目されて、イベントの成功確立が上がるからでしょう。
もう少し考えてみます。